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魔夜峰央先生
まやみねお/1953年3月4日生まれ。新潟県出身。O型。‘78年に「花とゆめ」(白泉社)で「パタリロ」をスタート。
コミックスは現在77巻まで刊行中。月刊「メロディ」(白泉社)にて「パタリロ源氏物語!」と「パタリロ西遊記!」を連載中。 |
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| 「パタリロ」は最初は脇役だった!? |
──「パタリロ」が生まれたきっかけは?
それをお話するには、その前に、私がなぜギャグ漫画を描くようになったのかという説明が必要になってくるんですけど。私がはじめてギャグ漫画を描いたのは、『ラシャーヌ!』という作品で、当初は、スパイ絡みの復讐劇にしようと考えたんですが、全然できなくて。締切は迫ってくるし、どうしようと焦っていた時に、本屋で立ち読みしたギャグ漫画に触発されまして、「これだ! お笑いでいこう!」と思い立って。それから、2本目、3本目と描かせていただくうちに、自分の中でギャグ漫画路線ができあがったんです。
──で、「パタリロ」は、いつ頃出てくるんでしょう?
その後、バンコランが主役の作品を描いたときに脇役として登場したのが最初です。実はこの「パタリロ」、当初はパタリロ、ヨタリロ、マッタリロという三つ子の兄弟で考えていたんですよ。ただ、3人同じようなキャラクターを描くのは面倒くさいなと思って一人にしちゃったんですけどね(笑)。
──「パタリロ」の名前の由来は?
最初は、プクとか、プーとか、パタとかっていう名前を考えていたんですけど、それじゃつまらないので、リロを付けて、「パタリロ」にしました。だから、音だけで、実は何の意味もないんですよ(笑)。私のつくるキャラクターってラ行が多いんです。ラ行が入ると何か高貴な感じがするんですよね。 |
| 主役「パタリロ」の誕生! |
──最初、脇役だったはずの「パタリロ」がなぜ主役に?
何しろ、動かしやすいんですよ、「パタリロ」ってキャラクターは。今になってはっきりわかるんですけど、『パタリロ!』以外の作品を描くと、大体3ページくらい描いて失敗だなって思うんですよね。それはなぜかというと、キャラクターが動かないから。キャラクターを置いて、背中を押してやって押してやって、ようやく少しずつ動く感じ。ところが「パタリロ」の場合は、ちょっと背中を押してやるとすこーんって走っていく。勝手に動き回るというか止められない感じなんですよね。ものすごく楽。だからこれだけ長く続いたんだと思います。
ある人が文庫本の解説で書いてくれたんですが、『パタリロ』は、ボケとツッコミがはっきりしているんですよ。バンコランがつっこんで、パタリロがぼけるという、役割分担が。最初からそうしようと思っていたわけではなく、あくまで自然に、結果的にそうなったんですけどね。
──他にも、連載が長く続いた何か秘訣みたいなものはありますか?
連載を始めた時に、当時の編集長と10年続けようと言ってたんですけど、内心は続くわけないと思ってました(笑)。社交辞令だったんですけど、気が付いたらいつのまにかここまで来たという感じです。ただ、ギャグだけでないストーリー性のある作品を描いてきたのが長く続けてこられた秘訣かもしれませんね。
──『パタリロ!』を一言でいうと?
簡単にギャグともコメディとも言い切れないですね。何だろうな…一番近いのは、「ファルス(=笑劇)」かな。実は、最初は1ページに1つどんなにつまらないギャグでもいいから入れようと思っていたんです。でも、疲れるからやめました(笑)。出てくればいいし、出なかったら無理に入れることはないと。だから、実は結構話だけ取り出すと、シリアスなのが多いんですよね。 |
| 82年のアニメ版『パタリロ!』は関西ノリ!? |
――82年のアニメ版『パタリロ!』のDVDボックスが発売されましたが、改めてご覧になっていかがですか?
東映アニメさんは、なぜここまで原作に忠実なのだろうって思いましたね(笑)。アニメでははじめてでしょう、ナレーションが文字で出てくるっていうのは。第1回目からいきなり「ヒースロー空港」って文字で出てきますから。あれはビックリしました。ここまでやってくれなくてもいいのに、っていう(笑)。
――あれは特に魔夜先生の要望ではなかったんですか?
全然全然(笑)
――よくアニメ化すると、原作ファンから批判の声が挙がりますけど、『パタリロ!』は幸せな作品でしたよね。
そうですね。1年以上続きましたし、それだけ見てくださる方も多かったんでしょうね。ただ、あのアニメに関しては、関東と関西で、ものすごく視聴率が違って、関西の方が断然高かったんですよ。お笑いに対する欲求が全然違うんだなあって、よくわかりました。
――先生の中で関西ノリのボケツッコミみたいなものが染み付いている部分というのはあるんですか?
大阪芸大に行っていたんですよ。まあ2年で辞めちゃったんですけど。で、関西ではテレビをつけるとお笑いをやってるでしょう。吉本新喜劇だなんだって。あのノリっていうのは、ものすごいなって思いましたね。生活の中にお笑いが密着している。その中にうまく入り込めたんだろうなって。
――70年代後半のギャグ漫画としては、掛け合いひとつとっても、ものすごいハイスピードでしたよね。
もっと速くできたんですけど、やりすぎると付いて来れない人が多くて。意識的に速く描いた作品も1本だけあったんですけど、やっぱりウケなかったですね。
――目まぐるし過ぎて?
はい。1人だけファンレターくれましたけど。
――たった1人ですか?
1人だけ(笑)。だから、まだこのテンポじゃ速いかな、時代がついてきてないな、と。
――だから、『パタリロ!』は古くならないんですね。むしろ時代が追いついてきた感じで。
そう言うとちょっと偉そうな言い方になってしまいますけど。やっぱりテンポなんですよ。20年前の作品を見ると、どの方の描いたものでもだいたい古臭く感じるのは”間”なんですよ。”間”が古いんです。内容じゃなくて。それを変えられないと生き残れない。
――70年代後半って、『がきデカ』なんかもそうですが、意識的に若い漫画家が速いテンポの作品を実験的に描き始めた時期だった気がするんですが。
それしか武器がなかったんでしょうね。自分の持てる武器を最大限に活かしたってことだと思うんですよ。特に『がきデカ』。『がきデカ』と『パタリロ!』ってくらべられることが多くて、“『パタリロ!』は、お風呂に入って香水をつけた『がきデカ』だ”って評した人がいて、これはうまい表現だなって。
でも、ギャグだけ取り出すと、絶対敵わないですね。あの破壊力とスピードは。他の人が6コマでやるところを山上たつひこさんは2コマでやっちゃってますから。
私は3コマから3・5コマで、比べたら絶対見劣りするんです。ただ、そこにストーリー性を付け加えたんで、なんとかって感じですね。そういえば、『ラシャーヌ!』を描いていた当時は、まだネーム(絵コンテ)をつくって、編集さんに送って見てもらっていたんですけど、すぐやらなくなりました。面倒くさいから。
――あのパタリロとバンコランの掛け合いも。
同じだから見てもしょうがない。編集さんからも、もういいよって言われて。でね、ネームを送っていた当初、“このギャグ、『がきデカ』に似てるね”って言われたことがあって、そのギャグはハズしちゃいました。編集さんは“なにもハズさなくてもよかったのに……”って言ってましたけど。やっぱり当時は『がきデカ』と比べられるがすごくイヤだったんですね。
――『パタリロ!』スタート当初は、読者からどういう反響がきていたんですか?
始まった当初は、「いい!」っていう人と、「おまえなんか漫画家辞めちまえ!」という人と半分半分でしたね。
「私は大嫌いです。私の友達もみんな嫌ってます。今すぐ辞めてください。特に○○頁のあそこが嫌いです」……って、読んでるじゃん!(笑)
そういえば当時は萩尾望都さんの『ポーの一族』が流行っていたんですけど、パロディを描いたらカミソリ送ってきましたよ。
――怖い!
本当にカミソリって来るんだなぁって。あとは、その頁をビリビリに破いてきたり(笑)。
――『パタリロ!』のファンレターって面白いのもありそうですよね。
ええ。私がホモだと思って、間違ってそっち系の人からっていうのも多かったですね。
――プロフィール付で(笑)。
そうそう。丁寧な人もいて、写真集を送ってくれたんですよ。きったないオッサンが2人絡んでる写真。うわ〜って(笑)。
どこかのオカマバーには『パタリロ!』が全巻揃っていたらしいですよ。私、違うんだけどなあ…(笑)。
あと、「パタリロはよく撃たれたり、切られたりするのに、どうして死なないんですか?」と子どもに聞かれたんですけど、これは答えられなかったですね。大人になればわかるよと言っておきました(笑)。
――はじめは『花とゆめ』の読者に向けて描いていたわけですよね?
いや、全然考えてないですよ。自分で描けるものを描くだけですから。
――わりとやりたい放題で?
でもね、あれでも抑えられたんですよ。消されたコマも随分あります。できあがった原稿を見て編集長が電話してきて、「このコマは消すぞ!」と。「これを出すと発売禁止になる可能性がある」と。そうたいしたことはなかったと思うんですけど、でもちょっと露骨だったかな(笑)。そういうことが、3、4回ありました。
――『パタリロ!』は初期の段階から新撰組をモチーフにしたものなど、いろいろな古典作品で遊んでいましたよね。
いろいろやらないともたないんで(笑)。それに、パタリロってなんでもできちゃうんですよね。今は『パタリロ源氏物語!』というのをやっていまして、最初、光源氏をパタリロにしようかなと思ったんですけど、どう考えても続かないんですよ。読み切りならなんとかなるけど。で、しょうがないからバンコランを光源氏にしたんです。
――『パタリロ!』を描いていて、どうしてもシンドイと思ったことは27年で一度もなかったんですか?
なかったですね。いい加減な描き方をしているから。マジメに描こうとするからツラいんですよ。
作品の出来にこだわるから締切に遅れる。私は締切にこだわって作品の質にはこだわらない! 締切を守って積み重ねていくことも重要です!(笑) |
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